京都大学医学部附属病院 放射線治療科

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体幹部定位放射線治療

体幹部定位放射線治療(Stereotactic Body Radiation Therapy; SBRT)とは?

体幹部定位放射線治療(SBRT)とは、胸部や腹部の限局した小さながん病変に対して、いろいろな方向から放射線を病変に正確に照準する技術です。
SBRTを用いることで、従来の放射線治療よりも大きな線量を短期間に照射することができ、病変の制御の向上と周囲臓器への有害事象の低減が期待されます。

体幹部定位放射線治療(SBRT)の保険適用は?

SBRTの保険適用は以下の疾患です(2024年11月現在)。

  • 原発病巣が直径5 cm以下であり転移病巣のない原発性肺癌、原発性肝癌または原発性腎癌
  • 3個以内で他病巣のない転移性肺癌または転移性肝癌
  • 転移病巣のない限局性の前立腺癌または膵癌
  • 直径5 cm以下の転移性脊椎腫瘍
  • 5個以内のオリゴ転移*
  • 脊髄動静脈奇形(頸部脊髄動静脈奇形を含む)
    * オリゴ転移とは、一部の限局した臓器に少数個のみの腫瘍がある状態をさします。

SBRTの適用となる患者さんの条件

  • 病変の部位が正常臓器に近接していないこと
  • 活動性の間質性肺炎を有しないこと
  • 腕を上げた状態で30分以上の安静保持が可能であること

などがあります。SBRTの適用となるかどうかは、がんの進行度、がん病変の位置や患者さんの状態によります。放射線治療科の担当医師の診察の際に、ご相談下さい。

SBRTを受けるにはどのような準備が必要ですか?

  1. 固定具の作成
    SBRTではミリメートル単位での精度での放射線照射を行います。毎回の治療で病変の位置を正確に再現するために、それぞれの患者さん専用の固定具を作成します。
    SBRTの固定具は、体を広く包み込むようなクッションのような物です。固定具と体の位置関係を再現するために、体の皮膚には目印となる線を描きます(マーキング)。
  2. 腫瘍の呼吸による移動量(呼吸性移動)の評価
    胸部や腹部のがん病変は呼吸によって位置が移動します。患者さんによっては、呼吸で病変が20 mm近く移動する場合もあります。呼吸によって、病変が放射線照射の範囲から外れることのないよう、X線透視撮影を用いて事前に病変が移動する範囲やその方向を評価します。

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                  図1. X線透視画像による腫瘍の呼吸性移動

    呼吸によってがん病変が大きく移動する場合には、移動する範囲を減らすような対策(呼吸性移動対策)を行います。当院では、動体追尾照射法、息止め照射法、呼吸同期照射法などの複数の手法の中から、患者さんにあわせて最適な方法を選択しています。
    動体追尾照射法
    詳細は動体追尾放射線治療のページをご参照ください。
    息止め照射法
    がん病変が呼吸によって移動する範囲を減らすために、息を止めた状態で照射を行う方法です。息を吐いた状態で止めるか、吸った状態で止めるかは担当医が決定します。
    呼吸同期照射法
    患者さんの腹部に反射マーカーを置き、赤外線カメラで呼吸による腹部の動きを観察します。これを利用し、呼吸中の一定の相(息を吐いている時間帯)でのみ照射を行う方法です。
    その他に腹部圧迫法などがあります。

  3. 放射線治療計画用CTの撮影
    がん病変の部位や周囲の正常組織を3次元で正確に同定するために、CTを撮影します。また、呼吸性移動の評価のために4次元CT(4DCT)を撮影する場合や、息止め照射法を行うために息止めCTを複数回撮影する場合もあります。

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                    図2. 4次元CTによる腫瘍の呼吸性移動

  4. 放射線治療の実際
    撮影した放射線治療計画用CTを用いて、照射範囲と線量を設定し、検証の過程を経たのちに、数日後に実際の放射線治療を開始します。
    患者さんは、まず、作成した固定具の上に横になって体の位置を再現します。その後、画像誘導放射線治療(IGRT)を用いて治療直前の腫瘍等の位置を確認し、位置ずれがある場合は修正して照射を行います。

 

各疾患におけるSBRTについて

1. 原発性肺癌または転移性肺癌

  • 治療の概要
    当院では1998年より原発性肺癌または転移性肺癌に対するSBRTを開始し、のべ950人以上の患者さんに対して治療を行ってきました(2024年10月時点)。
    肺の病変と正常組織の位置関係により、治療回数が異なります。原則的に、末梢性の場合は4回、中枢性の場合は8回または16回で治療を行います。1回あたりの治療時間は、呼吸性移動対策の有無によって異なり、約15-30分です。
    中枢性肺癌に対しては、「吸気息止め法」と、治療期間中の体内の位置変化に応じて照射範囲を設定する「適応放射線治療」を組み合わせることで、有害事象のリスクを軽減することを目的とした臨床試験を現在行っています(2024年 岸、Radiat Oncol誌)。
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                      図3. 肺癌に対するSBRTの例

  • 治療成績

    原発性肺癌
    ・1998年〜2014年
    中心線量48グレイ/4回のSBRTを行った末梢性原発性肺癌(3 cm以下)216例、230病変の症例の検討では5年の局所制御割合81%、全生存割合51%という治療成績でした(2018年新谷、Int J Radiat Oncol Biol Phys誌)。
    ・2014年2月以降
    海外の照射線量や治療成績と比較して、本邦での照射線量はやや低めで、局所制御割合もやや低いことが問題でした。近年の放射線治療技術の発達により、腫瘍へは高い線量を投与しつつ、肺や食道などの正常臓器は従来照射法と同程度以下の照射線量に抑えることが可能になりました。
    当院では、2014年2月以降より、照射線量を従来の腫瘍中心線量48グレイ/4回から腫瘍中心線量70グレイ/4回(腫瘍全体に50グレイ/4回)へと増加し、線量集中性を高めたSBRTを行っています。肺障害などの有害事象は従来の照射法と比較し同程度以下、腫瘍の局所制御割合はさらに向上しており、治療成績は2年局所制御割合96%、全生存割合は85%でした(2018年 光吉、Clin Lung Cancer誌)。
    一方で、本邦での肺癌手術例も、臨床病期IA期、IB期、II期で、5年生存割合がそれぞれ75~92%、72%、58~60%と非常に優れた成績が報告されています(2019年 Okamiら、J Thorac Oncol誌)。
    肺癌におけるSBRTの対象は、手術のリスクが高い、または手術を希望しない患者さんであるため、高齢の方や併存疾患がある方がほとんどです。元気で呼吸機能が良好な患者さんの多くは手術を受けることが多いので、SBRTと手術の成績を直接比較することはできません。しかし、SBRTは、高齢の患者さんや手術のリスクが高い患者さんでも安心して受けることができる、安全かつ治療効果の高い治療法のひとつです。

    転移性肺癌
    当院において、転移性肺癌に対してSBRTを行った場合、2年の局所制御割合は90%と優れた成績です(2008年 則久ら、Int J Radiat Oncol Biol Phys誌)。

  • 副作用
    肺への定位放射線治療後の副作用として最も懸念されるのは放射線肺臓炎です。現在までのデータでは、治療を必要とする放射線性肺臓炎の発症割合は7%でした。そのうち、致死的な肺臓炎となったのは1%未満です。肺以外の合併症として、皮膚炎、肋骨骨折、肋間神経痛などがありますが軽度にとどまっており、一般的な放射線治療における副作用と同じレベルとしてよいと考えます。なお、当院では経験がありませんが、致死的な肺出血や食道潰瘍の報告もなされており、病変が危険臓器(心臓・大血管、気管、食道など)に近い場合にはSBRTができない場合があります。

2. 原発性肝癌または転移性肝癌

  • 治療の概要
    手術やラジオ波焼灼術、肝動脈化学塞栓療法の適用ではない場合でも、病変が局所に限局している場合に、局所治療のひとつの選択肢として放射線治療が行われます。肝臓への定位放射線治療は通常5回で行います。

  • 治療成績

    当院を含む多施設において、原発性肝細胞癌または転移性肝腫瘍を有する患者48名を対象に動体追尾放射線治療を行った臨床試験では、2年時の局所制御割合は98.0%、生存割合は88.8%で、グレード3以上の重篤な副作用としては、7例 (14.5%)で血液検査の異常所見を認めたのみでした (2023年 飯塚 Clin Transl Radiat Oncol誌)。

  • 副作用
    肝臓への定位放射線治療後の副作用は頻度が少ないですが、出現する場合は病変の位置によって異なります。
    一般的な急性期の副作用として、宿酔(気分不良や倦怠感など)がみられることがあります。また、皮膚に近いところに病変がある場合は皮膚炎、消化管に近い場合は下痢などの消化器症状を起こす場合があります。晩期の有害事象についても、病変の位置に応じてリスクが異なります。病変が皮膚に近い場合は肋骨骨折や肋間神経痛、肺に近い場合は放射線肺臓炎、また、消化管に近い場合は出血や穿孔、狭窄などが起こるリスクがあります。また、病変が大きく正常肝臓の被ばく線量が多い場合や複数回の治療を行った場合には、肝機能低下や肝不全が起こる場合もあります。しかし、治療前の時点で肝炎ウイルス感染により肝機能低下や、肝硬変を起こしている患者さんも多く、このような方では放射線治療を行わなくても徐々に肝臓の機能が悪化し、最終的に肝不全を起こすことが知られています。

3. 転移性脊椎腫瘍

  • 治療の概要
    脊椎は体の骨の中でも癌の転移が高頻度にみられる部位です。脊椎には、その中心に運動・感覚をつかさどる脊髄神経が通る脊柱管が存在します。そのため、脊椎転移は疼痛や脊髄圧迫による神経症状をきたします。放射線治療によってがん病変の増大を抑制することが必要です。
    従来の治療では、高線量の放射線を投与することが困難でしたが、SBRTを用いることで、脊髄を避けつつ、病変へ高線量を投与することが可能になりました(図4)。
    このため、当院では、脊髄を圧迫する危険性が高い脊椎転移病変に対して、積極的にSBRTを用いた高線量投与を行っています。治療の回数は2~5回程度です。
    また、以前に通常の放射線治療を受けたにもかかわらず、再びその部位の病変が増大した場合への再度の放射線治療(再照射)にも、SBRTを用いて積極的に取り組んでいます。 
            
                      図4. 脊椎転移(胸椎)に対するSBRTの例
  • 副作用
    治療中の副作用としては、粘膜炎・皮膚炎・腸炎・骨髄抑制・一過性の疼痛増悪などが起こりえますが、概して軽度といえます。治療後に生じる有害事象として、圧迫骨折(10-15%程度)、末梢神経障害や放射線脊髄症(極めて頻度は低い)、また部位により放射線肺臓炎、腸管穿孔のリスクなどがありますが、当院ではこれまで大きな有害事象を認めず、安全に施行できています。

4.オリゴ転移

近年、オリゴ転移(一部の限局した臓器に少数個のみの腫瘍がある状態)という概念が広く知られるようになりました。
オリゴ転移を有する患者さんの一部においては、転移性病変に対する局所治療(手術やSBRTなど)を行うことで、腫瘍を根治できる可能性があるのではないかと期待されています。
通常のSBRTの対象となる肺、肝臓、膵臓、腎臓や脊椎骨にある転移性病変だけでなく、副腎やリンパ節、脊椎骨以外の骨などにある転移性病変に対してもSBRTを行う場合があります。
SBRTの適用となるかどうかの判断は、転移性病変の部位や周囲の正常臓器との位置関係、これまでの薬物療法の投与歴や期間、患者さんの状態などによります。