前立腺がん
1. 当院における前立腺がんに対する高精度放射線治療の概要
前立腺は膀胱の出口に存在する精液の一部となる液体を産生する腺組織あり、同部位に発生する前立腺がんは増加の一途をたどっています。近年、前立腺がん診療では患者数の急増に加え、治療オプションの多様化により、診療科の垣根を越えたよりきめ細かい集学的診療体系が求められています。そのため、私たちは諸施設に先駆け泌尿器科と放射線治療科が協働して前立腺がんの患者さんを診察する前立腺ユニット外来を開設し、診療に当たってまいりました。前立腺ユニット外来では、放射線治療医と泌尿器科医とが合同で診療を行い議論を重ねることで、単なる放射線治療の適応のみならず、他の治療法や薬剤との組み合わせやそのタイミングを含め、各患者さんの病状や希望に応じた治療、その後の経過観察法や追加治療を、個別に検討し提供しています。
当院での前立腺がんへの放射線治療では、高い治療成績を目指すことはもちろんのこと、より患者さんの体への負担の軽い低侵襲な治療をより短期間に提供することを重視しています。特に、後述するように、転移を伴わない前立腺がんへの放射線治療においては、一切の侵襲を伴うことなく3週間の治療期間で放射線治療を完遂(※)する方法を取っています(※準備期間などは除く)。
2. 前立腺がんの病期分類と一般的な初回治療の選択肢について
前立腺がんへの治療は、その進行度によって大きく異なります。
A・B期は腫瘍が前立腺被膜内にとどまるがんです。外科手術、放射線治療(外部照射、小線源治療)の成績はほぼ同等であるとされ、それぞれの治療による有害事象の種類や治療期間などを患者さんに考慮頂き決定します。
C期は腫瘍が被膜をやぶって前立腺外に進展しているがんです。こちらに対しても外科手術、放射線治療(外部照射、小線源治療、粒子線)のいずれの治療法も高い成績が報告されていますが、腫瘍の拡がりやPSA値や病理組織像(グリソンスコア)から、各治療方法の適応が限られる場合があります。当院で用いている強度変調放射線治療(IMRT)はそれらの治療法の中で、様々な病態に対応できる最も汎用性の高い治療法と考えられます。当院では、このIMRTを国内の他施設に先駆け早い段階から導入し、数多くの患者さんを治療してまいりました(2019年, 2020年 相澤ら、International Journal of Clinical Oncology誌)。
D期は骨盤内のリンパ節(D1期)や骨や骨盤外リンパ節/他臓器(D2期)の転移を伴うがんです。これまでは、ホルモン治療単独の治療が多く用いられてきましたが、現在では使用する薬剤も多様化し、高線量放射線治療の併用が有効と考えられるケースも多くあります。根治治療後に転移再発をされたケースにおいても、同様に高線量放射線治療の併用が有効と考えられるケースがあります。このように、転移を伴う病期への現在の治療は極めて複雑化してきており、単科での質の高い治療の提供は困難となり、診療科の垣根を越えたよりきめ細かい集学的診療体制がより重要となってきています。
(A期は前立腺肥大症の手術などで、偶発的に見つかった場合のステージです。)
図1. 病期分類と転移を伴わない前立腺がんへの初回治療の選択肢
3. 転移を伴わない前立腺がんへの放射線治療 ~体への負担のない治療をより短期間で~
当院では、C期までの転移を伴わない前立腺がんでは強度変調放射線治療(IMRT)用いて、3週間(15回)で照射を完了する短期照射を採用しています。これにより従来は2カ月程度かかった治療期間を大幅に短縮し、患者さんの通院の負担を大きく軽減しました。また、より根治性を高めるために前立腺内の腫瘍部分へピンポイントに線量を増加させるという、安全に高線量の投与を可能とする照射方法を採用しています (図2)。この方法は、副作用を増加させることなく腫瘍制御を有意に改善する方法であることが、海外の第3相臨床試験で示されています(2021年 Kerkmeijerら、Journal of Clinical Oncology誌)。当院での投与線量は、前立腺全体へ54 Gy(従来のIMRTの1回2 Gyでの78.7 Gyに相当)、腫瘍部分へ60Gy(従来のIMRTの1回2 Gyでの94.3 Gyに相当)を投与しています。
さらに当院の放射線治療の特徴として、体への負担の軽いより低侵襲な治療であることが挙げられます。当院では、放射線治療の準備として、前立腺内への金属マーカーの留置や直腸近傍へのスペーサー留置などの体への負担のかかる処置は一切行いません。IMRTによる最適な線量分布と毎回のCTを用いた位置照合による高精度照射により治療を有する直腸出血等の副作用はほとんど起こらなくなり、一定の副作用発生リスクのあるマーカーやスペーサー留置などの侵襲的な処置を行うことなく高い安全性と高い治療成績が担保できます。
図2. 当院で現在用いている照射法:前立腺内腫瘍病変へのピンポイントの線量増加を併用したIMRT
2025年1月からは主にC期までの前立腺がんの方を対象として、国産の最新鋭高精度放射線治療装置であるOXRAYによる治療を開始しています。OXRAYを用いた前立腺がん治療では、当院で開発した新規照射法であるDynamic Swing Arc (DSA) と呼ばれる非同一平面の軌道を用いた回転型IMRT(VMAT)を採用しています。DSAでは同一平面の軌道を用いた照射方法と比べて、より前立腺や腫瘍部分へ線量がフィットした放射線治療が可能となりました。
図3. OXRAYにおける非同一平面の軌道を用いたDSA照射
4. 転移を伴わない前立腺がんへの放射線治療における当院の治療ポリシー
転移を伴わない前立腺がんへの放射線治療としては、当院で用いているX線によるIMRT、小線源治療、陽子線治療などの粒子線治療など、があります。これらの治療方法間を比較した場合、報告間により多少の差はありますが、概ね病勢制御としては大きな差はないとされています。その為、基本的には治療に伴う有害事象の種類や頻度、通院の負担を考慮し、患者さんの希望に沿って決定するのが一般的です。ここで当院が前項目で説明したIMRTを治療方法として選択している理由を、各放射線治療法と比較して説明いたします。
小線源治療では、前立腺局所へIMRTより高線量の投与が可能ですが、前立腺内への線源の刺入という侵襲的な処置が必要であるという問題があります。さらに高リスク以上ではおよそ1カ月程度の外部放射線治療の追加が一般的に必要となります。現在では外部放射線治療でも、当院で用いている前立腺内腫瘍病変へのピンポイントの線量増加を行うIMRTの最新技術を使うことで、腫瘍部分に安全に十分な線量を投与することが可能と考えます。
次に外部放射線治療の中では、一回の照射線量により、通常分割照射(1回線量1.8~2 Gy)、中等度寡分割照射(1回線量2.4~3 Gy)、超寡分割照射(1回線量5 Gy以上)の3種類に分類されます(2018年 Morganら、Journal of Clinical Oncology誌)。通常分割照射は、過去当院で用いていた方法で、治療期間が2カ月程度かかりました。現在、本邦の臨床では治療期間が1ヶ月程度の中等度寡分割照射(60 Gy/20分割など)や超寡分割照射(5分割程度)が広く用いられています。このうち、前者の中等度寡分割照射は以前広く用いられていた通常分割照射と比較し、急性期の直腸症状が若干高頻度に認められるとの報告があるものの、病勢制御や晩期の副作用については差がないとされています。有望ではありますが、依然1カ月程度の治療期間がかかるという問題があります。超寡分割照射については、低中リスクの病期を中心に報告が出てきており、こちらも概ね治療成績については変わりないとされてきています。安全性も高く、5回/1~2週間程度という非常に短期間に終了できるという優れた治療ではありますが、極めて正確な治療精度を必要とするため、前立腺内への金属マーカーの留置や直腸近傍へのスペーサー留置などの体への負担のかかる前処置が必要となるという欠点があります。
当院では、体への負担のかかる処置を行わない非侵襲治療を放射線治療における施設ポリシーとしています。当院で用いている15分割の治療法(高度寡分割照射)は、この二つ分割法のちょうど中間に位置し、中等度寡分割照射より短い3週間で治療を完了し、同時に超寡分割照射で必要となる侵襲的な前処置は不要というメリットを両立する優れた方法で、その高い安全性と治療効果を報告しています(2023年 中村ら、Practical Radiation Oncology誌、2025年 相澤ら、Cancer Science誌)。このように非侵襲性と治療期間短縮のバランスが最適と考えて本分割法を採用しています。
図4. 局所治療の各方法の比較
5. 転移を伴う前立腺がんへの放射線治療 ~より高い根治性を目指して~
D期のがんは、リンパ節や臓器など前立腺以外の部位に病変が転移しています。当院では、転移が骨盤リンパ節転移にとどまる症例(D1期)に対してもリンパ節領域を含めた骨盤照射を用いた根治治療を積極的に行っています(図5)。骨盤領域を含めたIMRTを数多く実施しており、その10年での生化学的非再発生存率は約60%と良好であることを初めて示しました(2023年 中村ら、Cancer Medicine誌)。
また、傍大動脈リンパ節など骨盤外の転移を認める症例や遠隔転移が少数個にとどまる症例(D2期)など、より進行した病期においても、高線量を投与する積極的な治療の適応を個別に検討しています(2021年 相澤ら、International Journal of Urology)。
図5. 骨盤リンパ節転移を伴う症例への全骨盤IMRT
6.転移再発病変への高線量放射線治療
根治治療後に転移再発を来したケースでは、従来ホルモン治療単独治療が行われてきましたが、現在では本領域での治療は極めて複雑化してきています。特に、転移巣が少数個に留まる病態はオリゴ転移と呼ばれ、がんが局所に留まっている病態と全身に多発に転移を来す状態の中間に位置する病期として提唱されており、高線量放射線治療を行うことの有効性が示唆されています。その為、当院では主にオリゴ転移再発への高線量放射線治療を積極的に行っています(図6)。また、近年、転移巣の描出において極めて高い感度が報告されているPSMA-PET/CTおよびMRIを自費診療として提供しております。その高い診断精度と当科の誇る高精度放射線治療を組み合わせることで、転移再発をきたした患者さんへの新しい放射線治療を選択肢として提供することが可能となりました(図7)。
図6. 脊椎転移(胸椎)への体幹部定位放射線治療(SBRT)の一例
図7. PSMA-PET/CTにより1か所のみの骨転移が指摘された症例に対する体幹部定位放射線治療の一例